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沈没トルコ艦 救助から120年 和歌山・串本で追悼式(毎日新聞)

 和歌山県串本町沖でオスマン帝国の軍艦「エルトゥールル号」が沈没して今年で120年。その際の地元住民の救助活動が縁で、日本とトルコの友好の扉が開いたとされる。イラン・イラク戦争時にはトルコ航空が日本人のために特別便を飛ばしたり、トルコで大地震があった際には海上自衛隊が仮設住宅を輸送するなど、互いに救いの手を差し伸べてきた。6月には海自の船も参加して同町で追悼式典が開かれる。

 エ号は親善交流のため1890(明治23)年6月に来日。横浜から帰国途中の同年9月、串本沖で暴風雨に遭い沈没。乗組員587人が犠牲になったが、地元住民が69人を救助し、日本海軍の艦船で無事帰国した。これが縁で、1922年にオスマン帝国が滅んでトルコになってからも、国民は日本に親近感を持ち続けたとされる。

 イラン・イラク戦争が激化してイラン在留日本人が孤立した85年には、日本が救援機派遣をちゅうちょする中、トルコ航空機2機がテヘランに飛び、日本人215人全員を救出した。

 一方、99年のトルコ地震の際には、海自が輸送艦「おおすみ」など3隻で、仮設住宅約500戸と毛布2000枚などの救援物資を届けた。海上自衛隊幹部学校の副校長を務める福本出(いずる)海将補(53)は当時、在トルコ大使館の防衛駐在官として調整に当たった。

 「阪神大震災で使い終わった仮設住宅を提供できるとトルコ政府に伝えても『大変な状況で取りに行けない』と断ってきたため、自衛隊とも協議して海自の船で運ぶことを決めた」と振り返る。「(イラン・イラク戦争の際の)恩返しの気持ちもありました」(福本海将補)という。

 エ号を巡っては映画化構想も進み、10年2月まで5年間の調査で引き揚げられた遺品が小道具になるという。

 6月3日には串本町で追悼式典が開かれ、トルコ政府代表や海軍関係者らが参加する予定。海自の護衛艦で遭難海域へ向かい、献花する。トルコ建国の父で初代大統領のケマル・アタチュルクの銅像(高さ4.2メートル)の除幕式も行われる。【樋岡徹也】

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